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フランス(パリ)・ドイツ(ベルリン)・イギリス(ロンドン)・アメリカ(ニュ-ヨ-ク・バンゴ-・ボストン)
平成6年9月4日~19日

これは青森県青年海外派遣事業で、
青森県内各市町村の代表の集まり24名で行ってきました。
私は黒石市代表として参加しました。

前半の旅 フランス・ドイツ編

9/4(日)

AM11:40青森空港出発。私にとって生まれて初めての飛行機です。
飛ぶ瞬間はさすがにちょっと緊張しました。
羽田空港着後リムジンバスに乗り換えて成田東急ホテルへ行き宿泊。
夜はホテルのプールに入ったりして楽しんだ。
朝食の和洋中バイキングはとてもおいしい。

9/5(月)

本日いよいよ海外へ(もちろん海外は初めて)
成田空港からPM0:25パリへ出発

飛行機の中では、まだ元気だったので一睡もせずにトランプをして遊び

13時間近くのフライトの後、パリのシャルル・ド・ゴール空港へ到着。
到着してもまだ夕方なのと一睡もしないせいか少し体がだるい。
そのままホテルに直行し夕食となったが、ホテルでの食事はしょっぱい。
やら甘いやらわからない味で、全快胸やけ状態。
ちなみにデザートのケーキは香水のような匂いがきつい。

9/6(火)

今日は午前がパリ市内観光。午後は班ごとの自主行動。
ホテルを出発し、エッフェル塔の見える丘 「写真」 や、ノートルダム寺院 「写真」 やシャンゼリゼ通りを見学し昼食。

昼食は待ってましたエスカルゴ。
慣れない手つきで中の身を取り出し食べる。
ガーリックベースで思っていたよりもおいしい。
その後自主行動をとったが、あいにくの雨(朝は晴れていたのに)。
誰も傘を持っていないのでズブ濡れ状態です。
始めに地下鉄を使ったのだが、これが失敗。
迷ってしまい貴重な時間が刻々と過ぎていく。
売店の人などに目的地を教えてもらおうと聞くが、フランスでは自国に誇りをもっているので、ほとんどの人が英語を使わない。
辞書を片手にフランス語で聞く。
しかし、なかなか通じず地図を見せてやっと通じました。
おかげで予定の場所には凱旋門 「写真」 1ヶ所しか行けませんでした。

また、この自主行動のもう一つの目的であるショッピングができずにガッカリ。
パリの街並は凱旋門より高くしてはいけないという規定があるので、高さがほとんど一緒になっており石造りである(オペラ座 「写真」 )
石造りの為、一般のマンション等も有名な建築物と間違いそうでした。

道は凱旋門を中心に放射線状に広がっているので道に詳しい人はすぐ目的地に到達できるが、私たちのようにわからない人は
一つ道を間違えたりするとまた同じ場所に戻ってきたりして大変でした。
夜はオプションのリドのステージに行きました。
ステージはマジックやカーニバルのような内容ですばらしいものですが、私たち団員の8割は飛行機と自主行動の疲れでほとんど寝ていました。
私はも眠いが、最後までしっかりと見ました。
その夜は治安が悪いと言われているので近くをぶらぶら歩いただけでした。

9/7(水)

今日はパリ市内観光と農業関係施設見学です。
始めにルーブル美術館 「写真」 へ行く。

ここは1展を1秒ずつ見ても2週間かかる程にとてつもなく大きい美術館です。
私たちはモナリザ 「写真」 やミロのビーナス 「写真」 など、有名なものばかりを見てまわりました。本物はなぜか感動してしまう。
次に農業関係施設見学。

ここは昔ベルサイユ宮殿のご用達ですぐ隣りにある農園 「写真」 です。

なし・りんご・トウモロコシ・トマトなどを栽培していました。
りんごを試食した感想は、青森のりんごに比べ、小さくてやわらかくあまり水分がないと感じました。
その後、ベルサイユ宮殿 「写真」 を見学。

鏡の間 「写真」 やマリーアントワネット 「写真」 寝室 「写真」 等。

天井絵がすごい。

9/8(木)

AM10:05ドイツのベルリンへ出発。飛行時間1時間40分。
ベルリンの空港に到着しトイレに入る。ここのトイレにはおばさんが座っていてチップを支払ってから使用しなければならない。
話には聞いていたが、いくら出せばよいのかわからずとりあえず財布の中の1ドルをおきました。
ヨーロッパはどこの国もトイレにはチップがあたりまえらしい。
ベルリン市内観光の前に昼食。ドイツといえばビールとソーセージ。
ソーセージは食べませんでしたが、地ビールレストラン 「写真」 だったのでビールを飲みました。感想はまぁまぁ。

その後市内観光に出かけた。
ベルリンの街はなぜか警察や自衛隊がいたるところにいる。
というのも今日は西側連合軍の撤退式がブランデンベルグ門で行われる為、各国首相が来ていたからです。
テレビ塔・ベルリンの壁 「写真」 などを見学しましたが、街の建物にはたくさんの銃弾の跡 「写真」 などが残っており、街全体がなにか暗い感じがしました。

観光を終え、いざホテルへ。しかし、ホテル直前で警察に止められた。
警備規制区域の中にホテルがあるので、バスが入れず、そこから歩いてホテルに向かった。
ホテルの部屋に入り、外を見ると銃を持った警備員がたくさんいる。
思わずカーテンを閉めてしまった。
夕食は近くのレストランでとったが、追加注文をお願いしても私たち日本人が一番後にされ、なかなか来てくれない。あまり良い気分ではない。
夜になりテレビをつけると、どのチャンネルも撤退式の様子を生中継している。
私は3人で近くのBARへ行った。まだソーセージを食べていないから。
そこのBARにも英語が通じず、注文表もドイツ語だったのでなんて言っていいのかわからずウインナーソーセージと言ったら持ってきてくれた。こんな言葉で通じた!と喜んだ。
他の団員の何人かは撤退式を見に行ったが、話を聞くとちょっとした暴動があり、警察に間違えられて囲まれ、とても怖かったと言っていました。

9/9(金)

今日はベルリン市内観光と青少年関係施設見学及び現地青年との交歓会。
午前中は市内観光。始めにベルガモン博物館 「写真」 を見学。

ここは紀元前の神殿や発掘したものなどを展示していました。
その後昨日見れなかったブランデンベルグ門 「写真」(後かたづけ中なので裏側だけ)を見学した。

撤退式という歴史の1つにいたことは良い思い出となった。
東西の間にある検問所 「写真」 へ行った。そこには、ベルリンの壁のかけらや軍隊のものが露店で販売されていた。日本語の上手なおっちゃんもいた。

どこの国に行ってもいるものだ。日本人は何でも買うから・・・
私はなにも買わないが、壁を買った団員が結構いる。
中には、何に使うのかヘルメットと手榴弾の模型を買った団員もいる。
ちなみにあたりまえだか、他の国に行くたび荷物の中を細かくチェックされた。
午後になり、青少年関係施設を見学・会議 「写真」 を行った。

現地はこれから発展する為、青少年は英語を必死で勉強している。
また貧富の差が激しいそうだ。特に東側が貧しいそうだ。
この他にも失業者の問題等、色々なことが勉強になった。
夜は現地青年との交歓会 「写真」 を行ったが現地の青年達とあまり話ができなかったのが残念でした。

ベルリンとは壁が壊され統一はされたが、西と東の差が激しい。
まず貧富の差、そして、一番感じた事は雰囲気の差である。
西は明るいが、東は何か暗い。
元の国が違うとこんなにも差があることを改めて実感した。
西と東。たった1枚の壁で、本当にピッタリとくっついている街なのに文化・経済・生活が全く異なる。こんな街を実際に見ることができ、
大変勉強になり、そして、うれしく思います。

後半の旅 イギリス・アメリカ編

9/10(土)

AM8:30ベルリン出発。いざロンドンヘ
ロンドンに到着し、第1印象はきれいで整っていると感じた。
ヒースロー空港からバスで市内まで行く途中も、見渡すかぎりの整った芝や草。
高い山がなく(高くても300m位)平地に近い原っぱが続いている。
さすが、ゴルフの発祥地。街に入り、まず老人福祉施設 「写真」 を見学。

イギリスでは、老後はあくまでも個人のものであり、自分の生き方を貫く姿勢というものを大事しています。
日本では、このような意識的な姿勢はあまり少ないですが、私たちが老人になる頃は、4人に1人が老人だと言われています。
このことから考えると、老後になってどのような生活を送り、そして、どのように健康を維持していくかの自覚をはっきり持つことが大事ではないかと思いました。
見学が終わりロンドン市内観光。
セントポール寺院 「写真」 ・タワーブリッジ 「写真」、ビックベン 「写真」 ・バッキンガム宮殿 「写真」 等を見学し、夕方からはロンドンでの最大の目的である2泊3日のホームスティです。

団員はそれぞれ2人ずつ各家庭へと散っていきました。
私と小又さんがチームである。
私たちのスティ先は、父(ロイ)・母(シャロン)・長女(リスリィ13才)
長男(ジェニー5才)・赤ちゃん(ポール生後5ヶ月)
の5人家族の家である。なぜか娘の彼氏もいました。 「写真」 「写真」

初日の私たちの計画はお土産を渡して、そのお土産を元に楽しく交流することでしたが、早くも崩れました。
というのも、父のロイは午前2時から牛乳配達の為、夜の8時に寝てしまい、母のシャロンは子守りで、あまり顔を出してくれない。
ほとんど2人ぼっちでした。お土産は渡したが、サンキュと言ってそれっきり。
ちなみにお土産は津軽こけし館から買ったコマや凧等のおもちゃ関係でした。
その日は夕食(魚のフライとポテトフライ)を食べ。
なにも出来ずに就寝しました。

9/11(日)

朝食(コーンフレーク)を食べて、今日はロンドン市内自由行動。
母のシャロンが作ってくれた弁当(サンドイッチ)を持ってロンドン市内まで電車で向かう。
まず始めに向かったのは、マダムタッソー(蝋人形館)です。
開館時間前だったので、たくさんの人が入口並んで待っている。
私たちも並んで待った。開館し中に入ると階段を上り、始めにエレベーターに乗る。
エレベーターを降り、後は道順に歩いて見学である。
とても精工で今にも動き出しそうな、たくさんの蝋人形 「写真」 「写真」 がある。

とても楽しい 日本の千代の富士 「写真」 もあった。

その後昼食の弁当を食べたが、それでも今は旅行の半ばで日本食がとても恋しい ので日本食ではないが、中華街 「写真」 に行き、
中華料理を思いっきり食べた。さすがに満腹。でも満足。

大英博物館へ向かって歩いていると少し迷ってしまった。
迷っている雰囲気が伝わったのか、1人の神父らしき服装をした人が近づいてくる。
私たちはいきなり近づいて来るのでちょっと心配したが、親切に道を教えてくれた。さすが、紳士の国。
大英博物館 「写真」 を見学し、歩き疲れたのでタクシーで駅まで向かう。

電車に乗りスティ先に帰る途中、小又さんが、カメラがないと言い出した。
よくよく考えてみるとタクシーの中に忘れてきたのである。
タクシーの運転手にチップをはずんだ分悔しいと言っていた。
自分が悪いんだけど。でも、帰国してから別の理由で保険が出たので一安心。
その後私たちはスティ先のある駅を乗り過ごしてしまった。
実は夕方からサンクスパーティーがある為、時間内に戻らなければならない。
乗っている途中なにか変だなと思い、とりあえず知らない駅で降り、地図を調べてみるが勉強不足で方向感覚が無くなってしまっていた
時間がなく不安に思い歩いていると、偶然にも他の2人の団員と会った。
本当に偶然でした。私たちは天の助けとばかりに喜んだ。
2人の団員に道を聞き、急いでスティ先へと戻った。
ちなみに私たちの降りた駅は目的駅の2つ過ぎた駅だった。
時間ぎりぎりにスティ先に戻るとスティ先の家族の人が慌てた様子でよく帰ってきたと言った。
時間近くになっても帰ってこないので、車で探しに行っていたらしい。
大変申し訳ございません。
無事サンクスパーティーに出席し、スティ先の人達と歌を歌ったり して楽しく過ごしました 「写真」

このことがキッカケかどうか知りませんが、スティ先に戻ってからはそこの家族の人達と大変仲良くなり、スティ先にあるレコード(上を向いて歩こう)を聞いたり話をしたりして、その夜は12時に寝ました。
父のロイは10時頃に寝たけれど。

9/12(月)

朝、スティ先の家族にお別れを言い、父のロイに送ってもらい集合場所へ行く。
ヒースロー空港で1人ずつ搭乗手続きをし、ヴァージン航空 「写真」 で午後2時、次の目的地であるアメリカのニューヨークへ向けて出発。

イギリスでは、フランスやドイツと違って日本に帰ったみたいにホッとする感じがした。
英語は通じるし、道は右側通行、そして思っていたより治安が良い。
ゴミも少なく、とても住みやすい所だと思いました。

飛行時間7時間、夕方アメリカのニューヨークに到着し、バスに乗ってこの日はホテルに直行。
近づいてくる街並みを見てとうとうニューヨークに来たという実感がじわじわこみ上げてくる。
私にとってニューヨークとはウルトラクイズで決勝に残らなければ来れない場所というイメージがあったからです。
ウルトラクイズはテレビで見ていただけなんだけど・・・
バスで移動中、驚いた ことは墓地のあまりの大きさと広さである。
1つの工業地帯のようである 「写真」

ホテルに到着し夕食を食べ就寝。
ホテルは街中にある為、外は治安が悪そう。

9/13(火)

今日は市内観光・半日自主行動・夜はディナークルーズ。
ロックフェラーセンター 「写真」

エンパイアステートビル 「写真」 「写真」

自由の女神が見えるバッテリー公園 「写真」 「写真」

シーポート 「写真」 へ行き、

その後昼食を食べる。今日の昼食は日本食である。
久々のご飯とみそ汁は感動ものでした。また、日本のビールも飲み大変満足でした。ビールは1本1,000円近くもし、高いけど。
昼食後は班ごとの自主行動。2時間しかないので、ブランド専門店街の5番街へ行き、とりあえず、有名なティファニー 「写真」 に入った。

中には、百万や1千万単位のものが多くビックリ。
店内を見学し、一番安いシルバーの品だけを買って戻りました。
一度ホテルに戻り、スーツに着替え、夜のディナークルーズへ。
ディナークルーズでは船内でディナー 「写真」 を食べ、甲板へ行く。

そこには、山のようなマンハッタンの夜景やライトアップされた自由の女神などが目の前に見える。
ワインを片手にBGMのジャズを聞きながらの景色は、今までで味わったことのない感動です 「写真」 「写真」

今回の研修の中でダントツ1番の感動でした。
その夜は近くのコンビニへ行き、店内の隅の棚にあった日本のカップラーメン買い、ホテルに戻って食べたが、3年前のもので容器の味がした。
ちなみにお湯は団員の中にミニ電気コンロを持ってきた人がいたので、それでお湯を沸かした。

9/14(水)

午前中は市内見学。夕方ボストンへ出発。
ホテルを出て、ウォール街にあるニューヨーク証券取引所 「写真」 を見学し、

国連本部 「写真」 をデンマークの女性の案内で見学した。

その後、メトロポリタン博物館 「写真」 を見学したが、

ニューヨーク証券取引所でかなり時間オーバーした為、30分しか時間がなく、ほとんど見れないのが残念でした。
ニューヨークはいつでも忙しく人が歩いており、ビジネスの街といった感じがしました。
食べ物はハンバーガーなど全て大きく感じました。
地盤は岸盤でモロイが、その上にとても大きな建物ばかり建てられている。
地震がない国だか、ちょっと不安である。
時間がなかったせいか、もっとゆっくり見たいと思いました。

ニュージャージーの空港からボストンへ出発たが、私たちがドイツにいた頃、それぞれ日本の実家等に電話したら、アメリカで飛行機墜落事故がニュースで報じられているので気をつけてとのことだったが、アメリカといっても広いので違うところの飛行機だと団員誰もが思っていると、実はこれから乗る飛行機で、又、同じ路線だと案内人が教えてくれました。これを聞いてみんなビックリ。
落ちたばかりだから落ちないよ。と、案内人が冗談で言っていた。
でも、団員みんな少し不安。飛行中は固まった状態でした。
無事ボストンに到着し バスに4時間揺られメイン州バンゴーに到着。
夜だったので、その日はホテルに直行 。

9/15(木)

ホテルを出発し、青森県フェアーに参加する。
ここメイン州バンゴーは青森県と姉妹都市を締結しており、今日は青森県から関係者がたくさん来てフェアーを行うのである。
とあるデパートの中に特設舞台を設置して式典を行い、ねぶたばやしなどを演奏していました 「写真」

その後私たちはバンゴーの高校を視察 「写真」 に行きました。

アメリカの高校はとても自由で、服装や髪型等は自由で授業風景もなかなか好印象でした。日本では大学のような感じである。
次に清掃会社視察 「写真」 に行き、説明を聞くと

バンゴーの住民はゴミ分別を確実に行っており、ビンのラベルもキチンとはがしているそうだ。
日本人は見習わなければならい。
視察が終わり、バスでポートランドへ移動する。約2時間。
その夜は現地青年との交歓会でしたが、青年といっても結構年輩の人たちでした。
私たちは半てんを着て黒石よされを踊ったり 歌を歌ったりしました 「写真」

その後はホテルに戻り、みんなでBARに行く。
外人が結構たくさんいましたが、私もみんなも、いきおいで、外人の前で英語のカラオケ をして盛り上がりました。
さすがノリの良いアメリカ人、ヘタな英語なのに拍手喝采。
ありがとうございます。

9/16(金)

バスで2時間30分ボストンへ到着。
到着後市内観光へ行く。ハーバード大学 「写真」 「写真」

マサチューセッツ工化大学 「写真」 等を見学。

ボストン市内を軽く散策したが、結構住みやすそうな所です。
夜は団員のみんなで近くのBARで盛り上がる

9/17(土)

今日でアメリカともお別れ
ホテルを出て飛行機でボストンからアトランタへ行き、飛行機を乗り継いで日本へと向かう。
日本までの飛行時間計16時間位でした。

9/18(日)

無事、成田空港に到着 「写真」 。

長いようで短い旅行が終わりました。
その日は夕方に着いたので、東京の大森東急ホテルに宿泊。
最後の夜を過ごしました。

9/19(月)

午前の飛行機で青森に戻り、県庁に行って帰朝報告 「写真」 をして解散。

今回の旅は生まれて初めての海外旅行にも関わらず、4ヶ国、いわば世界一周もしたことは、大変貴重な体験をしました。
それぞれの国とも生活・文化が異なり様々なことを教えてもらいました。
この体験と想い出は一生忘れないでしょう。

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